***名前は?***
「ホークアイ中尉」
「あら、エドワード君」
「ハボック少尉」
「おう、元気にしてたか大将?」
「ブレタ少尉、ファルマン准尉、ヒュリー曹長」
「エド、相変わらずまめまめしてるな〜」
「今回も遅かったですねエドワード君」
「こんにちわ、エドワード君」
「大佐」
ロイは不機嫌だった。
限りなく不機嫌だった。
有り得ないくらい不機嫌だった。
司令室のでかい司令官用の机にどん座り、苛々しながら書類にサインをしている。
書類にサインはしているが、意識はいつもよりも遅く定期報告に現れた我が愛しい想い人のエドワード・エルリックに向いていた。
遅れながらも報告に現れたことは大変喜ばしいこと。
自分の部下達と自分をそっちのけで、自分でも稀に見れるか分からない満開の笑顔で、これまで旅で起こったことを話すエドワード。
いつも座るソファにエドワードが座ると、休憩とばかりに部下達もわらわらとエドワードの傍に寄っていく。
さながらゴキブリほいほいのように。
ヒュリー曹長が皆の分のコーヒーをいれ、ホークアイ中尉がエドワードのためにお菓子を出す。
もちろん気が利くヒュリー曹長はロイの分のコーヒーまでいれて持ってきてくれた。
そんなことはいつものことだ。
いつものことなのだが、今日のロイにとっては限りなく腹を立たせることになっていた。
「今日なんだか皆忙しいみたいだね」
旅の話が一段落ついた時に、エドワードはそう切り出す。
司令室に来る前軍部内がいつも和やかな雰囲気とは、違い騒がしかったから気になっていた。
「前々から目をつけていたテロリストたちのアジトを街中で見つけたのよ」
「それで今日、大佐率いる俺達がそこに突撃して悪い奴らをとっ捕まえたんだよ」
ホークアイ中尉とハボック少尉が説明してくれた。
ハボックはちょっとふざけた言い合いをしたが、それはエドワードにはいらぬ心配を掛けさせぬための気遣いだった。
「じゃあ、俺悪い時に帰ってきちゃったみたいだね・・・」
忙しい時にごめん。と素直に謝るエドワードに司令部のエドワード馬鹿軍人たちは可愛いな〜と思いながらも、
「そんなことないですよ。もう事故処理もだいぶ終わったとこですし・・・」
「事件が起こったのは昼前だったしな」
「たいした事件でもなかったです」
フォローを入れる軍人達。
一人の子供を慰めるために気を使う軍人の姿などそうそう見られるものではないが、ここでは日常茶飯事だった。
久しぶりにやって来たのに、またすぐに旅立ってしまわないように、もう少し長くいられるよう遠まわしに言っているのをエドワードは気づかないだろう。
「後は大佐の書類でこの件は終了よ」
ホークアイは今だエドワードの側にも来ないで、書類と格闘している上司に視線を送った。
「大佐、頑張れ」
続けて視線を送ったエドワードは苦笑いをしながら、滅多にないロイへの声援を送ったのだったが、ロイは返事もせず視線も向けなかった。
「?」
どうしたのだろう?とホークアイ達に静かに視線を送って尋ねたが、乾いた笑い声が返ってきたのだった。
ハボックは身体を窮屈に折り曲げて小さくし、小声で
「テロリストどもは大佐に恨みがあって事を起こそうとしていたんだ。それにその事で上部から嫌味を言われ、始末書やら関係ない書類やらをたくさんプレゼントされたんだよ」
「それにくわえて、今までサボって溜めに溜めていた書類の期限が明日の朝までなのよ。それが山2つほどよ」
あぁ、それでこんなにも機嫌が悪いのか・・・。
エドワードは溜め息を吐いた。
たしかに、いきなりテロリストたちの居場所がわかり、事を起こさせる前に逮捕し、住民の安全を考えた事は軍人としては当たり前だろう。
だが、治安を脅かすテロリストたちを捕まえたのに、上部からは君が原因でこんな騒動が起こったのだ、と始末書を書かされ、それに加え関係のない書類まで書かされる羽目になってしまったのだ。
不機嫌にならないはずはない。
でも、いつでも出来ると踏んでいた溜まっていた書類を、始末書と他の書類と同時進行して片付けなくてはならない事になったのは自業自得といえるだろう。
サボっていなければこんなにも忙しくならなかったのに・・・。
毎日こつこつを与えられた仕事をこなしていけば、ホークアイ中尉も怒んないのにな〜と考えたエドワードだった。
だが、書類をサボりたくなる気持ちが少しだけわかるエドワードは、今日の事にくわえ本当に大変そうだなと思い、自らロイの机の前へと歩いていった。
今回はサボるわけにもいかず大人しく書類に猛烈の勢いでサインをしてるロイの目の前に立った。
「大佐」
目の前に立ちようやくエドワードへと視線を向けたロイ。
司令室に入ってから一度も視線が合っていなかったので、視線を向けられたことに喜びを感じたエドワード。
自分を何故見てくれないのかという、ささやかな怒りがあったがロイを前にしてその事は吹き飛んでしまった。
一方ロイは、
エドワードと部下達が話し合っていた何故ロイが不機嫌なのかの理由がまったく違っていた。
確かにそのせいでもあるが、大部分が違っている。
ロイが不機嫌な理由は、何故エドワードは自分のことを名前で呼んでくれないのか、というくだらない理由の所為であった。
ロイにとっては大切なのかもしれないが、周りにとっては実にくだらない以外なにものでもない理由だ。
そう、名前。
といっても、いつものロイはそんなことはさして気にしてもいなく、いつか皆のいる前でも自分のことを名前で呼ばせようと思っている程度でもあった。
二人でいる時も、エドワードは”大佐”と呼ぶ。
”ロイ”と呼んでくれと頼むと顔を真っ赤にして恥ずかしながらも素直に呼んでくれる。
情事の時はもちろんそう呼ぶように調教してある。
が、仕事で積もりに積もった苛々がエドワードが現れたことによりますます不機嫌になってきた。
ロイを腹立たせた事とは、部下達を名前で呼んでいることに対してだ。
それもいつものことだが、部屋に入った瞬間から自分の名前ではなく部下の名前を次々と呼んでいく恋人。
最後に自分の名前を呼ばれても嬉しくも何ともない。
しかも名前ではなく階級だ。
すでに腹が立っていたとうのに、余計に腹が立った。
だが、そんなことは知らないエドワードは無邪気にも、
「大佐」
一度向けられらロイの視線はエドワードを一瞥しただけで、また書類へと向けられたから、もう一度自分を見てもらおうと再び声を掛けたのだったが、ロイの怒りは爆発したのだった。
「うるさい!今は忙しいんだ!後にしてくれ!!」
ばん!!
ペンを持っていた腕を振り上げ、机に強く叩きつけた。
エドワードを恋人としてから初めてロイは怒鳴ってしまった。
ロイとしては怒鳴るつもりなどなく、自分がこんなにも苛々しているとは信じられない気持ちで一杯になった。
ハッとしてエドワードへと視線を慌てて向けると、大好きな金の目からは涙いっぱい溜まっていた。
「・・・う・・」
涙を零さまいと顔をくしゃっと歪め、俯いてしまった。
「エ、エドワード・・・」
「ご、ごめんなさぃ・・・・」
慌てて席を立ち、己の非道を謝ろうとエドワードに近寄ろうとしたが、触れる前にエドワードは走り司令室から出て行ったのだった。
エドワードが出ていった後、ロイはすぐさま追いかけた。
二人が出て行った指令室の空気は最悪なものとなっていたことにロイは知る良しもの無かった・・・。
ここまで大佐が追い詰められていたのか・・・、と純粋に心配する者もいれば、
私の可愛いエドワード君を泣かせるなんて、いくら大佐でも許せないわ・・・、と上司にたいして怒りを感じる者、
いくら苛々しているといっても大将を泣かせるなんて・・・、とエドワードの心配をする者、
大佐がこんな程度で怒るか・・・?と疑問を抱く者もいれば、
これだけが原因じゃないような気がするのは私の気の所為だろうか・・・?鋭い意見を持つ者もいた。
とにかく、二人が戻ってくるまで待つ心づもりでいる部下五名だった。
エドワードは走った。
後ろからロイが追っかけてきていることは感じていたが、自分が邪魔だったから怒鳴って追い払ったはずなのに、何故追っかけてくるのか分からなかった。
ロイの気持ちも考えないで中尉たちと一緒になって騒いで、とっても迷惑だっただろう。
自分は仕事をしてるのに、うるさい奴だって・・・思われただろう。
全力疾走して、なんとかロイを巻くことができた。
身長も足の長さもまったく違うロイを巻くなど奇跡にも近いことだった。
ロイが何故追いつけなかったのは、今日の戦いで心身ともに疲れはてたことと、軍人達が今日の事で異様に動き回っていたので身動きが上手く取れなかったからだ。
舌打ちをしながら遠ざかっていく小さな身体を悔しそうに見送ったのだった。
無我夢中で駆け出したエドワードがついた先は、夕焼けが美しく見える屋上だった。
柵を背に寄りかかり、夕焼けも見ずに膝を抱えて泣くエドワード。
ロイが怒ったことにショックを多大に受けていた・・・。
今までなにをやっても、我侭を言っても、怒らず優しい笑みを浮かべて自分を受け入れてくれたロイ。
我侭といっても、ロイにとっては何にも困ったことではなかったのだが・・・。
なのに、今日は自分がロイの気を使わずになにも考えずに無関心にもロイを苛立たせてしまった。
忙しいのに名前を呼んで、視線を自分に向けてもらって・・・。
ロイに目を向けられるのが嬉しくて・・・。
状況を見れば判断できるのに、どうして自分はこうなのだ!!と、自分に腹が立ってきた。
どうしよう・・・。
声を殺して泣いていると、
「エドワード!!」
情けない声が聞こえたと同時に暖かい物に包まれた感覚がした。
ビックリして顔を上げると、そこには今想っていた恋人の顔があった。
「ぅえっ、大佐・・」
ふにゃ、とまたまた泣き出すエドワード。
エドワードを見つけた時、小さくなり蹲って泣いているのを見て胸が押しつぶされそうになった。
自分が不注意にも怒鳴ってしまったのが酷く馬鹿らしく感じ、すぐにでも抱きしめたい感覚に落ちいった。
苛々していたからといって小さい恋人を怒鳴って泣かせてしまうなんて・・・。
自分が酷く腹が立ち殴り飛ばしたくなった。(自分だからできないが・・・)
エドワードの顔を自分の胸に押しつけ、きつく抱きしめる。
逃げられないように。
「大佐、あの、その、ごめんなさい!!」
ロイの胸からなんとか飛び出そうと腕を突っぱねたが、びくともせずロイがまたイラつくのを感じ取ったので大人しくなり、言葉を紡いだ。
「?何故謝るんだい?謝るのはこっちだ・・・。すまない」
何故かビクツクエドワードに少しショックを受けながら素直に自分の非道を謝るロイ。
「だって、大佐が忙しいのに不注意にも怒らせちゃって・・・」
エドワードはロイが仕事をしているのにその邪魔をしてしまったことについて顔を顰めながら話したが、
「・・・・怒鳴ってしまったのはそのせいではない」
「えっ?」
「怒ったのは、その、なんというか・・・」
自分が仕事の邪魔をしたから怒っているのではないと分かって、エドワードは怪訝な表情をした。
ロイは今更ながら、こんな理由でエドワードを怒鳴ったことが恥ずかしくなった。
こほん。と一つ咳払いをし、
「エドワードが私を名前で呼んでくれないからだよ」
「はぁ!?」
エドワードの涙はどこへやら、マヌケな声を上げた。
そんなエドワードの顔を直視できないくらい恥ずかしくなり、ロイは視線を夕焼け空に向けどこか遠い目をしながら、
「君は指令室に入ってすぐに部下達の名前を呼んだだろう?だが、私は最後に呼ばれた挙句に階級名だ」
その言葉にエドワードは眉を顰めた。それのどこがいけないのだろうか?
いつもそうだったではないか・・・・。
こんなことでへこたれるような男ではなかったような・・・?
「テロリスト共の戦いを自らで手終わらせたにもかかわらず、上部からは嫌味を言われ関係のない書類まで書かされるはめになったため、余計に些細なことでも苛々してしまっていたのだ」
「・・・・・」
そんなこともいつものことじゃなかったっけ?
疑問に首を傾げるエドワード。
そのエドワードに視線を戻し、しっかり瞳を捕らえて離さない。
「せっかく君が帰ってきてくれたのに、嫌な想いをさせてすまなかったね・・・」
ロイはぎゅっとエドワードを抱きしめた。
悲痛な声だった。
いつものことだけど、いつものことが溜まりに溜まるとこの男はこんな風になってしまうのか・・・新しい発見をした気分になったエドワード。
それに、自分がロイの名前を呼ばないだけで仕事に支障をきたしてしまう重要性があるのか。
深刻な表情になり、ロイを上目遣いに見上げるエドワード。
「うんん。俺こそ名前を呼んで上げられなくてごめん・・・」
「・・・・これからは呼んでくれるかい?」
あわよくばこれからはいつでも名前で呼んでくれることを願ってお願いをしてみるちゃっかり者のロイ。
「・・・・うん」
自分がロイの名前を呼ぶだけで仕事が進むのならば、いくらでも呼んであげよう!お安い御用だ!!
と、勢い込んだエドワードは、顔を熟したりんごの用に赤くし、俯きながら頷いた。
この期にエドワードが皆の前でも自分を名前で呼ぶことになったら、この愛らしい天使が自分の物だと言うことを公に出きる格好のチャンスなのだ。
エドワードを密かに狙うやからも多い。
男だと宣言しているのに多いと言うことは、女だとばれた後も危険が多くなる。
だから、今の内に自分の物だと宣言していたほうが得策だろう。
「じゃあ、今呼んでくれるかい・・・・?」
「ぇっ、あの、えっと・・・」
今といわれても、心の準備と言うものがあるのだ。
しどろもどろなるエドワードを可愛いな〜、このままここで押し倒して自分の汚い欲望を押しこんでしまって、このまっさらな肌を汚してしまいたい衝動に駆られるのをなんとか我慢して、エドワードの言葉を待った。
「・・・・ 」
「聞こえないよ」
小声でロイの名前を呟くがロイには聞こえていない。
いや、聞こえているのかもしれないがあえて聞こえない振り。
「・・・ロイ」
「もっと大きく言って・・・」
愛しそうにエドワードの髪の毛を撫でながら、あきらかに楽しんでいる風を装うロイに対して我慢できなくなり、
「ロイ!!」
目をつぶって怒鳴るように名前を呼んだら、顔中にキスが振らされた。
「ちょっっちょっちょ・・・」
アワアワ手を上下に振るエドワードにお構い無しに唇をふさぐ。
しだいに大人しくなり、ロイにされるがままに。
「嬉しいよ」
「・・・・名前なんていつも言ってるのに・・・」
ぶちぶち文句を言うがそんなのお構い無しに、エドワードを自分の胡座を掻いた膝の上に横抱きにし、
「いつでもどこでも言ってほしいのだよ」
強請る様に言うロイを可愛いと想いながらそんなものなのかな?とエドワードは考え、それなら・・・・
「ロイ・・・大好き」
最高の笑みを最愛の人に向けて浮かべたのだった。
愛しい貴方に自分の名前を呼ばれたい。
いつでもどこでも想っていたい。
想われていたい。
貴方の口から自分の名前が飛び出すのを聞きたい。
貴方のことが大好きだから。
愛しているから。
だから、私の名前を呼んで・・・。
**END**
いやはや、なんとも甘甘な・・・。
ロイさんは意外と嫉妬深いのでエドが名前で呼ばなかったら、こうなると思うのです。
とくに苛々している時は些細なことでプッチーンって・・・いくわけないですわな。
*2004.8.13
*2006.2.15 訂正