『お前は何をやっているんだ!!』








***分かっているつもり***








一年ぐらい前にヒューズに言われた言葉を思い出してしまい、誰もいない執務室の中口元に苦笑いを浮かべてしまった。
勤務中だというのに、まったくやる気が出ずにペンをただ遊ばすだけ。
自分の名前をサインをするだけなのだが手が動かない。
こんなもの手の空いている部下がやれば何も問題は無いだろうと思っているが、そうはいかないのが軍部だ。

今日中に仕上げないといけない書類もあるというのに、まったくの白紙。

また中尉に怒鳴られるなと思いながらも、気長に構えるのがロイだ。




『お前は!気持ちも伝えないで、エドにこんなことをして許されるとでも思っているのか!?』




寝ていて無防備な姿を自分にさらすエドワードに我慢ならずに、顔を近づけたら悪友に文句を言われ殴られた。
上官の執務室のソファで堂々と寝入るエドワードは、自分の気持ちに気付いていないからこそあんな行動をしたのだろう。

少しは警戒して欲しい。




『このままいくと、お前は気持ちが伝えられないことに耐えられなくて、エドを本当に襲ってしまうかもしれない』




本当に襲ってしまいそうだ。

この頃は特にそうだ。
一ヶ月前に帰って来たときは視線を外すことができないでいた。
そこだけ光が当たってキラキラ輝いていた、なんて恋をした少年が思っていそうなことを今頃想い、なんだか参ってしまう気持ちだった。

あぁ、今度は我慢が出来ないかもしれない。




『今も我慢ができなくてそうゆう行動を取ったんだろ?そのときのお前の顔なんて、我慢できない風に目が血走ってたぜ?』




今度来た時は大人の余裕で交わす事が出来るのだろうか?
いつものように彼女の弱いところをつついて怒らせて、喧嘩別れをして・・・。
といっても、部下からは大人気ないと散々言われ続けているがね。
これでも精一杯誠意ある大人のふりをしているというのに、これ以上まともになんて出来ないだろうな。

昔のエドワードを見ているときの目線が血走っているというのなら、今のエドワードを見つめている視線など充血し放題だな。




『その時のエドの苦しむ姿を見たいのか?伝えないでこののまま襲ってしまうよりも、伝えた方が断然良いだろうよ』




エドワードの苦しむ姿など見たくない。

彼女は自由気ままに何者にも囚われず、旅を思いのままに続け生きて欲しい。
たとえ自分を使ってくれても構わない。
むしろ思う存分使ってくれ。
彼女にとって利用価値があるのだと思いたいものだ。

それ以外彼女との関わりが無いというのだから。

上司と部下という関係しか。

だが、この想いは抑えなければならないんだ。

伝えたい。

叫びたい。

君が好きだと。

14歳も離れているが、愛していると。

外聞も恥も捨てて言いたい。


でも、




『お前は、一回りも違うエドに本気になった上に振られるのが怖いんだろう?』




それは違うと胸を張って言いたいが、ヒューズの言うとおりなのだろう。

昔よりもエドワードのことを思う時間が増えた。

コトあるごとにエドワードを思い出す。
錬金術に関係があるモノがあれば必ず彼女の顔が出てくるし、街中で輝くばかりの金髪の女性を見れば彼女の髪を思い出す。
仕舞いには赤いものと黒いものを見ただけで・・・。
彼女のイメージカラーだ。

おかげで仕事も手付かずで、中尉に起こられる確率が上がってしまった。

エドワードはお世辞にも自分のコトを好意を持っているとは考えにくい。
むしろ嫌われているだろう。

なんてって姿を見ては背が低いだの、全然成長していないだの、嫌味の言い放題だ。

優しくする部下とは違う存在になりたくて、からかっていたら、違う意味での特別な存在になってしまった。

そんなもの少し頭を捻れば分かるのに、餓鬼みたく好きな女の子をいじめて楽しんでいるみたいな自分がたまらなく恥ずかしくなった。

こんなに自分は想っているのに、彼女は何も想ってくれていないと考えると、悔しくもなるし自分が馬鹿らしく感じる。





『それを臆病と言うんだよ』





臆病。


臆することで病になる。


あぁ、私は臆病だ。


彼女のためだと言い張っていても、所詮は自分のため。


身を守るため。


だが、彼女が好きなんだ。


いつも脳裏には彼女がいる。


彼女のことを分かり合うのではなくて、寄り添って守って生きたい。









ばぁぁん!!


司令室の扉が何の前触れもなく激しく開かれた。
驚きそちらを見ると、いつものように想いを馳せていたエドワードが扉の向こうからずんずんと男らしく歩いてきた。

「エ!!エドワード!!?」 思わず彼女の名前を叫んでしまった。
さっきから司令室がなんだか騒がしいとは思ってはいたが、まさかエドワードが来るなんて知りもしなかった。

「よ、大佐。元気?」

大人びた笑みを浮かべさせ、片手をポケットへ片手を挙げてこっちに近づいてくる。

「ま〜た仕事溜め込んでんだってな?」

悪態をつきながら机の前まで来るエドワードに、ロイは驚いたまま固まり姿を凝視している。
確か一ヶ月前に来たばかりなのだから、後最低は二ヶ月来ないはずではないだろうかと・・・と今までのエドワードの行動から割り出したのだが、実際ココにエドワード来ていることには変わりない。

「どうしたんだ?今回はやけに早いじゃないか?」

素直にそう尋ねる。

「ん〜なんとなくだよ」

そうすると、彼女も素直に首をかしげこっちを見てくる。

それは本当に、そうだという空気を出していた。

ただ、なんとなく。

それだけで彼女が行動することもあるんだと、感心をしてしまった。
なにか理由がないと行動しそうになりエドワードなだけに、ココになんとなくだが来てくれて心が弾む。
自然口元が弓なりに上がる。

「何か資料ないかな?」

「そうだな・・・、つい最近入ったばかりの生体錬金があるから、それを見るといい」

「マジ!?やった!」

急に笑顔前回になるものだから心臓に悪い。
何気ない言葉でこんなにも喜ばれてると、年甲斐もなく嬉しくなる。

今まで思い描いていた少女の笑みがこんなにも近くにあるなんて。

席を立ち、資料が収まっている棚へ移動して取り出そうとしていると、後ろからトコトコ付いてきて横で自分の手元を見上げてくる。
瞳をキラキラさせ、背伸びをしてどれが資料なのかと笑顔満載だ。

それを横目で確認し、ふっと微笑む。

自分の胸ぐらいまでしかない小さな身体なのに、自分と対等に渡り合おうといつも虚勢を張っている。
口でもいつも勝てないくせに、喧嘩を吹っかけてきたり嫌味を言ってきたりするが、今はその姿はナリを潜め本来の姿を前面に押し出している。

触れたい。

その温もりを感じたい。

ぎゅ!!っと力強く抱きしめたい。

だが、今は出来ないから我慢我慢。

エドワードにお目当ての資料を渡し、自分は元の席へと戻り仕事を終わらせるべく今まで手をつけなかった仕事にサインをしだす。
早く終わらせて、エドワードと会話がしたい。

エドワードのほうも貰った資料を早速解読すべく、一年前からエドワードの指定席になっているソファにどっかり腰を下ろし、読み始めた。

たちまち室内はロイの書類にサインする筆音と、エドワードが資料を捲る音だけに支配された。

二人の奇妙な空間。

居心地がいいのか、悪いのか。

彼女にはどっちに感じるのだろう。

感じる暇も無いのかな。

頭の中が資料のことでいっぱいで。

ロイのペンを走らす音と、エドワードがページを捲る音。

カリカリカリカリ。

ペラペラペラペラ。

ふと、ロイはエドワードの顔を見る。

やはりココで言ってしまいたい。

一ヶ月前とは比べようも無いほど変貌したエドワード。

美しい。

言ってしまいたい。

楽になってしまいたい。

何度葛藤しても答えは出ない。

だが、口に出すだけなら許されるだろう。


エドワードは一転集中してしまうと周りがどんなに五月蝿かろうが、自分の世界の中から出てこない。


だから、


だから、


少しだけ・・・。



「鋼の」



名前を読んでもいいだろう。





***END***





「お父さんのお説教」から一年後のお話で、「君に伝えたい」の直前のお話。
ロイさん乙女全開。
このお話意外と難しく、スライム並みの学力の私には堪えました・・・::
名前を呼んでいるうちに、つい告っちゃったと小学生レベルの大佐でした☆

*2005.8.31