××× 空と小鳥と止まり木と 〜エドサイド〜 ×××
(今何時だろう)
覚醒しつつある意識の中で、エドワードはぼんやりと考えていた。
両腕の下には分厚い本の感触。どうやら、資料室で書物を読みあさるうちに眠りこけてしまったらしい。
机に突っ伏していたために、上着の袖の縁が頬に張り付いている。
(跡が付いてるだろうなぁ)
ぼんやりと考えながら重たい瞼を持ち上げる。
(ん…?)
視界が次第に鮮明になり、顔前のそれを確認すると同時に、エドワードは硬直した。
(ろっ…ロイ…)
目の前にあったのは、彼女の上司でもあり恋人でもある、ロイ・マスタング大佐の顔。それも、すやすやと安らかに眠っている。
(な、なんで…?)
パニックに陥りそうな気持ちをどうにか静め、体を起こす。
すると、自分の背中に軍服の上着が掛けられていることに気が付いた。ロイのものだ。
ロイはこちらに顔を向けて、エドワードと同じように机に俯せて眠っていた。
(びっくりしたぁ。心臓バクバクいってるよ…)
こんな間近で彼の顔をまともに見るのは初めてかもしれない。
だって、キスしたりするときは、恥ずかしくて顔をまともに見れず、いつもすぐに目をつぶってしまうから…。
エドワードはドキドキしながら、ロイの顔を覗き込んだ。
きりりとした黒い眉に、すっと通った鼻筋。今更ながら、随分整った顔立ちだな、と感心してしまう。
(へぇ、結構睫毛長いんだ…)
自分とは正反対の色をした、漆黒の艶やかな髪。それと同じ色の睫毛。黒と肌色のコントラストが何とも言えず美しい。
少しだけ開いた唇がひどく色っぽくて、ドキリとさせられる。
いつも彼はこの唇で甘い言葉を囁き、そして口付けをくれるのだ。
色々と想像してしまったエドワードは顔が熱くなるのを感じて、慌てて想像を振り払った。
(やだ…も、もう、無防備に寝ちゃってさ…)
ロイの寝顔は、普段の引き締まった表情からは想像もつかないほどあどけなかった。
軍人として高みを目指す彼には、仕事も敵も山ほどある。あまりに色々なものを抱えこんでいるのだ。安らぐ暇もろくにないに違いない。
ロイは誰にも、決して弱みを見せようとしない。自分と二人きりの時ですら、優しくて頼れる、完璧な恋人であろうとする。
それに比べて自分は、いつだって我儘し放題だ。好きな時に旅に出て、好きな時に帰ってきて。
それでもロイはいつも待っていて、暖かく迎えてくれる。
今日だって、久しぶりにセントラルに帰ってきてやっと会えたというのに、挨拶もそこそこに司令室を出て来てしまった自分に、ロイは何も言わなかった。
(引き止めるかと思ったんだけどなー…)
たまには、ロイにも我儘を言って甘えてほしい。エドワードは常々そう思っていた。
彼が愛してくれる分、自分も彼を愛してあげたい、と。
(寂しいならそう言えばいいのにさ…)
エドワードは恋人の寝姿を見つめて、苦笑する。
きっと、仕事を早く片付けて、自分の所に来てくれたのだ。
少しでも傍にいようとして。
(来たんなら起こせよなぁ…)
エドワードが起きるのを待つうちに眠ってしまったのだろう。この子供のような寝顔はおそらく、自分にしか見せない、無防備な姿。
いつも完璧であろうとするロイが、やっと少しだけ甘えてくれたような気がして、エドワードは嬉しかった。
これは、私だけの秘密。
私だけのもの。
そう思うとなんだか無性にいとおしくなって、エドワードは思わず笑みをこぼした。
大地に根を張って、真っすぐに立つ大樹のようなあなた。
青い空の下、ときたま止まりにくる小鳥のために枝を広げ、その帰りを待っているあなた。
小鳥は僅かな間しか留まらず、またすぐに飛び立っていく。
それでも、あなたは再び小鳥を待ち続ける。
あの気紛れな小鳥が、愛しいのだと言う。
時々やって来て枝で囀ってくれれば、それで幸せなのだと。
空を仰ぐことしか出来ないあなたは、小鳥を引き止めようとはしない。
寂しいとも言わずに、空を飛び回る小鳥を見守るだけ。
優しすぎるあなたに、小鳥は何をしてあげられるだろう。
恥ずかしがり屋の小鳥は、密かに待っているのに。
「傍にいて」というあなたの言葉を。
「たまには甘えて、もっと我儘言っていいんだよ、ロイ」
そう小さく呟きながら立ち上がり、上着を掛けてやると、ロイの頬にそっと口付けた。
「…お疲れ様、ロイ」
時は夕暮れ。橙色の光が窓から溢れて、優しく二人を照らしていた。
あなたが望むのなら、私はその肩で精一杯囀ろう。
帰る場所を与えてくれるあなたが少しでも寂しくないように、寄り添って。
××× おわり ×××