××× 空と小鳥と止まり木と 〜ロイサイド〜 ×××
今日、あの子が久しぶりにセントラルへ帰ってきた。
金の三つ編みと赤いコートを翻し、鎧姿の弟と共にいつもあちこちを飛び回っている小さなあの子。
滅多に連絡も寄越さないで、心配ばかりかける愛しいあの子。
今どこでどうしているだろう。
きちんと食べているだろうか。
宿に困ってはいないだろうか。
怪我や病気をしていないだろうか。
また無事で帰ってくるだろうか。
彼女が旅に出ている間は、いつも気が気でない。
本当なら傍まで飛んでいきたいくらいだが、自分の仕事の性質上それは出来ない。
彼女が帰ってくるのは数か月に一度だけ。
だから普段一緒にいられない分、帰ってきたときくらいは少しでも一緒にいたい。
そう思っていたのに…。
彼女はあっさりと去っていってしまった。
といっても軍内部の資料室へ、だが。
ロイの恋人エドワードは、非常に一途な人間だった。
殊に錬金術のこととなると、寝食惜しんでのめり込むほどで。
今日も、久しぶりに帰ってきたエドワードは挨拶を済ませると早々に、「調べものがある」と資料室へ行ってしまった。
数か月ぶりの再開なのだ。普通の恋人同士ならば、熱い抱擁のひとつも交わすところなのだろうが…。
「やれやれ…」
日が傾きかけた頃、ようやく自分の仕事が一段落して、ロイは司令室を後にした。
向かう先は、愛しの君エドワードがいる資料室。
久しぶりに会ったというのに、今日の彼女の態度は随分とあっさりしたもので。まあ、いつものことだから慣れてはいるのだが。
恥ずかしがり屋の彼女のことだ、司令部の面々の前で恋人らしい振る舞いなどするはずもない。
そんな彼女の性格は重々承知している。
けれど、寂しくないと言えば嘘になる。
もちろん、二人きりで過ごすことがないわけではない。恋人らしい甘い一時を過ごすことだってある。
でも、ロイにだって独占欲というものがある。
少しでも長く自分の傍にいてほしいというのが本音だった。
(彼女にとって私は錬金術以下なのだろうか…)
心の中でぼやいて小さくため息をつきつつ、ロイは資料室の扉に手をかけた。
「鋼の?」
奥に向かって呼び掛けるが、返事はない。
「…いないのかい、エディナ」
他に誰もいないのを確認して、二人きりの時だけの呼び名で呼んでみる。
やはり返事はない。だが、鍵は開いているからまだ帰ってはいないはずだ。
ロイが部屋の奥へと歩を進めると、エドワードは一番奥にある机にいた。どうやら、眠っているらしい。
(まったく、風邪をひくぞ)
揺り起こそうと思ったが、ロイはふと手を止めた。
エドワードは自分の腕を枕にして小さな寝息をたてている。
あんまり気持ち良さそうに眠っているので、起こすのが何だか可愛そうになってしまった。
それに、この可愛い寝顔をもっと見ていたい…。
ロイは上着を脱いでエドワードにそっと掛けてやり、椅子を持ってきてエドワードの隣に腰掛けた。
(しばらく見ないうちに、少し、大人になったかな…)
頬杖をついて、エドワードの顔を眺める。
絹糸のようなしなやかな金髪と、すべすべとした肌。それに、髪と同じ色の長い睫毛。
以前より顔の丸みがとれて、少し大人っぽくなったように見える。
長いこと会っていないと、相手の変化がより顕著に感じられるものだ。
(それだけ離れていた、ということか)
少し、寂しく思えた。
本当なら、ずっと傍に置いておきたい。でも、それは出来ない。
彼女が目的を果たすまで、協力すると誓ったのだから。
何より大切な、彼女の為に。
(ずっと傍にいてほしいなんて、私はまるでエゴの固まりだな)
ロイが自嘲気味に笑う。
そもそも、彼女を旅へと駆り立てるきっかけを作ったのは自分だ。
もっとも、あの時軍へ勧誘していなければ、今のような関係にはなり得なかったわけで。
危険な道へ彼女を導いておきながら、今更自分の傍にいろだなんて、なんとも自分勝手な話ではないか。
そう、籠の中の鳥にするわけにはいかないのだ。
この子には、束縛は似合わない。
この子が青空の下で笑っていてさえくれれば、何もいらない。
それは、とっくの昔に決めたこと。
(なのに、今になってそれを寂しいと思うなんて……こんな我儘な自分を、彼女はどう思うだろうな)
「どこへも行かないで」
もしこんな我儘を言ったら、君はどうするだろう。
君は優しい子だから、旅に出るのを躊躇ってしまうかな。
それとも、私を突っぱねて行ってしまうかな。
どちらにせよ、そんな我儘を言ったって君を困らせるだけだから、私は辛抱していよう。
こんな我儘は胸の奥にしまって、いつだって笑顔で君を送り出そう。
そして、いつまででも君の帰りを待っていよう。
それだけが、私に出来ることなんだ。
「だから、いつでも帰っておいで。エディスティナ」
ロイはそっとエドワードの頬に口付け、いとおしげに髪を撫でた。
疲れたら、いつでも私は君の止まり木になろう。
時々でいいから、囀りを聞かせてほしいんだ。
ただそれだけでいい。
君という存在こそが、私にとっての最高の幸せなのだから。
××× エドサイドへ ×××