「あっ」

ばさっ。

「おっと・・・」

とん。

「ぅわぁ・・・」

がしゃっ。

「ええぇ!?」

どんっ。

「ちょっとぉ!!?」

ばしゃぁ・・・。



「おい・・・?」



ぴちゃぴちゃ・・・。

室内の者はある一点に視線を集中させざるを得なかった。







***下心 〜前編〜***







何がどういう事でこうなったのか、その場にいる者は正常な考えをできずに、ただ呆然とドミノが続いた最終先を見つめる事しかできなかった。
誰も言葉を発さず、身動きひとつせず、息の仕方も忘れた木偶の坊のようにただずんでいる。
ただ、冷汗か油汗か分からない汗が大量に流れ出て、奇妙な空間を作り出していた。

ある者は両手を上に上げ、バンザイの状態。
ある者は椅子ごと壁にぶつかっており壁と接吻をしており、
ある者は中になにも入っていない壷らしき物を両腕を突き出し持っていたり。
ある者とある者は抱き合っている。

そんな状態でピクリともしない、いや、できないでいた。


「中尉。さっきの書類で少し気になる点が・・・・」


誰も言葉を発せられずに、司令室の中が水を打ったように静まり返った中を打破した者がいた。

ここの最高責任者ロイ・マスタング国軍大佐だ。
ガチャっと執務室と指令室を繋ぐ扉から出て来て、先ほど書類を抱えて出て行ったホークアイの後を追いやってきたらしい。

不可解な態勢である一点を全員で見つめていた部下の後ろ姿だけが見えていたのだが、扉を開け入った瞬間一斉に振り向かれ熱烈な視線を浴びた。
日頃熱い視線を向けられる事は多々あったが、こんなにも強烈な視線は久しぶりだとなんとも頓珍漢な感想を頭の隅で考えながらも、視線は悲惨な室内を観察していた。

この状況を見て一瞬固まったがさすが軍人というだけあって(他の者も軍人だが格が違うのか、それともその瞬間を見ていないからなのか)すぐさま正気を取り戻した。


「これは、どういう現場だ?」


床には大量の書類がぶちまかれていて足の踏み場もない。
インクが入れ物ごと床に落ちており、カーペットに黒いシミができている。
部下の一人は何故か椅子に座った状態で机とはかけ離れた場所に鎮座している。
水がまかれたのか、奥の場所は水浸し状態。

信頼の置ける部下達からの熱烈な視線を受けとめ、片眉を跳ね上げ口元を引きつらせながら今だに指令室に入った格好のまま言葉を紡いだ。
上官から発せられた言葉はもっともな言葉だった。
ロイは何故部下達が固まっているのか、原因を詳しく観察しようとしたが、ロイの言葉でなにかの呪縛が解かれたのか、部下達は一斉に動き始めた。

きゃー!!とも、うわー!!ともつかぬ声を上げて。

蜘蛛の子を散らすように、とは少し違うがロイの周りにいた者は、一目散にもっとも遠いロイの司令室の机の傍まで走っていった。
出来あがった書類を踏み、撒き散らしながらというオプションつき。


????


はてな状態のロイ。
だが、自分の顔を見た途端顔を歪め奇声を上げて逃げて行くという行動は少なからずロイの図太い神経を傷つけたのだった。

「エ、エドワード君!!大丈夫!?」

「おい!大将、生きてるか!?」

「うわーん!どうしましょうか!?」

「偉い事になりました・・・・」

「エド・・・あわわわわ・・・・」


エドワード?


どうやら話の中心に夢にまで見る少女がいるようだ。
部下の一人の影になって見えなかったが・・・・。

「エディ!!」

叫んで、外部からの接触を避けさせるようにエドワードの身体を取り囲んでいる部下たちを押し退け、強引に前に出た。
部下達はエドワードに触ろうかどうしようかとわたわたしている。
私のエドワードに触ろうとするなど言語道断!!部下からエドワードを引き離した。

が、不覚にも目が点になってしまった。

そこにいたのは間違えようもなく、エドワードだった。

エドワードだったが、何故かずぶ濡れ。

そして眉を潜め自分の濡れた服を見つめている。

窓の近くに立っているから太陽に光が燦燦とエドワードに降り注ぎ、今は濡れてしっとりとしている黄金の髪の毛をさらに際立たせている。
顔の輪郭にピッタリと髪の毛が貼りつき、小さな顔がさらに小顔に映る。
髪の毛と対となす瞳は怒りと不安と驚きで揺れ、その瞳にロイの身体が映し出され身体が小刻みに震えている。
唇からは吐息混じりの声が漏れているが、何を言っているのか聞き取りにくい。
耳をエドワードの口元に持っていき聞き取ろうとしたが、その瞬間エドワードに付き飛ばされた。


「んなんじゃこりゃー!!」


大声を張り上げた。

「何で俺がこんなにびちゃびちゃなんだよ!?」

冷てぇし、寒いし!!
ぎゃぁぎゃぁ言いながら水滴を撒き散らしながら一人で暴れている。

エドワードが分からない事が私にわかるはずもないから、後ろを振り返りその場にいた部下達を眉を潜めながら見つめた。

「・・・・どういうことだ?」

いくぶんか怒りを含んだ声色で訊ねても、

「・・・・・・・」

部下達はお互いに顔を見詰め合い、どう説明しようかと唸った。

「えぇっとたぶんこういう事かと思うんスっけど・・・」

トレードマークの煙草がないハボックがどもりながら説明を開始した。


「ホークアイ中尉が扉から出てきたんですよ。大量の書類を抱えて、」

「私はそこでちょっとした眩暈を起こしたんです・・・」

「そこを俺がカッコよく抱きとめたんですね!」

「そこまでは良かったんだけどな〜・・・」

「かなりの勢いがあったのかハボック少尉が書類製作をしていた私にぶつかってきたんです。分からないところがあったのでブレタ少尉に聞こうと肩に手を掛けようとしたのですが・・・」

「俺は隣にいるファルマン准尉に背中を押され、花瓶に花をさそうとしていたヒュリー曹長にぶつかったんだ」

「ぶつかった後方向転換をして壁に激突していましたが・・・」

「横からいきなりブレタ少尉の巨体が近づいてきたものですから驚いて花瓶を前に放り出しちゃったんです・・・」

「丁度そこに運悪く・・・」

そこで言葉を切って全員がびしょぬれのエドワードを見つめた。

つまりはこういう事だろう・・・。

私の部屋から出てきたホークアイ中尉は出来あがった書類をファルマンに区別してもらおうとわざわざ遠いファルマンの机まで書類を持って行ったが、そこでここ最近の激務で心身ともに疲れきっていたホークアイは眩暈を起こし、フラついてしまったらしい。
その時に書類をばら撒いてしまったのか。
たまたま近くに立っていたハボックが中尉を受けとめ、中尉は床に倒れずに済んだが、ハボックの背中が強くファルマンの肩にぶつかり、書類製作をしていたファルマンはびびって目測を誤り、肩にではなく背中に手を置いてしまい思いっきり突き飛ばしてしまったようだ。
自分の行動にまたもビビッタファルマンはインクにペンを突っ込んでいた事を忘れ、ペンを頭上に持ち上げてしまってインクが飛び散ったのだろう。
たぶんブレタはファルマンに背を向け眠っていたのだろう。(けしからん!!)
そうでなければファルマンのてが隣にいたブレタの背を押すことは出来ないから。
押されたブレタはキャスターつき椅子ごとヒュリーに激突した。
ヒュリーは優しい青年だから花瓶に花を生け様としたのだろう。
ブレタはヒュリーにぶつかった後、方向を変え壁と接吻をしたのだろう。(軍の壁とはいえ可哀想だな・・・)
ぶつかられたヒュリーは誤って手に持っていた花瓶を落とすことはしなかったが、反動で中身の水が外に飛び出してしまった。
運悪くその先にいたのが、エドワードということになる。

さっきのマバラの発言からここまで推測をつけたとなると、さすが大佐という地位にいるだけのことはある。

やっと話しが繋がったことに息をついたが、なんともいえぬ事態だ・・・。

「ごめんなさいね・・・。エドワード君。私が眩暈なんて起こすから・・・」

申し訳なさそうに唇をかみ締め目を泳がせているホークアイ。
自分の油断がエドワードをびしょぬれを招いてしまったのだから、エドワードを妹のように可愛がるホークアイにとっては屈辱的な思いだろう。

それにしても中尉の顔色が悪い。

「ハボック。中尉を医務室に連れていけ」

この頃休みなしで働いているのは女性のホークアイは辛かったのだろう。
さっきのこともあり、今にも倒れそうだ。

「こんなもんなんて事ないよ!」

原因がホークアイであった事が分かったエドワードはなんて事ないように振舞った。
実際ホークアイでなかったらその他の奴らはぼこぼこだっただろうが。
それよりもいつも凛々しく優しいホークアイが体調不良なんて事が心配で、たまらなかった。

「中尉は早く休みなよ」

にっこり笑い、中尉を医務室へと送り出そうとしたが、

「でも!」

食い下がりエドワードの濡れた服を替えてやりたい、今女性は私だけで変えの物は持っていないだろう男どもを残していくのは心もとない、と思っているホークアイの心を見通したのか、

「大丈夫だ。エドワードの事は任せろ」

上司がやけに自身満万に言うものだから余計に不安になったが、これ以上エドワードに心配されるのが悪い気がしたからハボックに伴ってもらい医務室へと足を進めた。

ホークアイがここで戦線離脱をしなかったらエドワードの身は守られていただろうに・・・。

「本当にごめんね、エドワード君・・・」

今度はヒュリーが目には涙を溜めて捨てられた子犬のようにきゅーんきゅーんと悲痛な顔をしながら謝ってきた。

「平気だってば。そんなに心配することないよ!」

にっかりと笑い、あっさり許してしまった。
それのどこが大丈夫だ!とブレタとファルマンは思ったが口には出さなかった。
自分達がホークアイやヒュリーの役回りだったのならばどうなっていた事やら・・・・と遠い目をしながら観賞にふけっていった。

「エドワード、こっちに来なさい」

来なさいと言いながらロイは腕を掴み、執務室の方へとエドワードを連れて行った。
司令室から出て行く前に思い出したように、

「ファルマンは床に散らばった書類を区分して、各部署届けろ。ブレタとヒュリーはここの後片付けだ」

命令を受け一斉にロイへ敬礼をした。

「了解」

その声を聞きながら後ろ手で扉を閉めた。




「あ〜ぁ、びしょびしょ・・・」

一人ごとをいいながらロイに手渡されたタオルで髪の毛をふいていた。
ロイはタオルをエドワードに放り投げた後、無言で執務室から出て行ったので、大人しく帰りを待っているのだが、あらためて自分の状況を見ると溜め息が出てしまう。
下着まで水が染み込んでいて動くたびに身体にピッタリとくっ付いてきて気持ちが悪いし寒い。
今の季節は冬。
いくら部屋が温かいと言っても空気は湿っていて服はなかなか乾かないだろう。
代えの服もないし、どうやってかえろうかな〜、このまま外に出たら服が凍ってしまって風邪を引いてしまう。
とめずらしく自分の事を心配していた。

「エドワード、これに着替えなさい」

いつやって来たのか、エドワードの目の前にロイが立っていて、その手には可愛らしい今時の女の子向けの袋が握られていた。

「え?」

ロイと袋を交互に目を移しながら眉を顰めた。
どうしてロイがこんなものを・・・?
形からしてどうやら服一式らしい。
疑問に思うのは年頃の女の子としては同然の事で、大の男の大人が袋から想像するに可愛らしい店内に入って服を買ったということを想像しただけでも寒気がした。

笑顔で佇んでいるロイをいぶかしみながらも、これしか代えの服がないのとせっかくのロイの行為を無駄にしたくなかったから素直に礼を言い、袋を受け取った。

「ありがと・・・」

ぽそっと上目遣いにロイを見上げた。
珍しく素直にしかも頬を赤く染めて自分いお礼を言うエドワードに感動し、ぐらっとしたが、なんとか思い留めて執務室の隣にある続きの仮眠室へとエドワードを押しこめ、着替えるように指示した。

ロイから受け取った袋の中身をベットの上にぶちまけ、物色した。

「へ〜?大佐はこういうのが趣味なんだ」

服というのは人の趣味が現れる物で、その人の趣向好みが分かる。
服自体はスカートだがそんなにもエドワードの趣味から離れる物ではなく、これだったら着ても良いかな?って感じ物だ。
ご丁寧に靴まで揃えてあり、なんだか計算されているような気もしたが、深く考えないようにした。
他にもなにか別の袋に包まれていた物があった。


「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!?」


声にならない叫び声を扉ごしに聞いたロイはさりげなく扉に背を預け、その一瞬後内側からものすごい力で扉を叩かれた。

「おい!こら!ここを開けろ!!」

「だめだよ〜。しっかり服を着てからにしなさい」

「はぁ!?こんなもん着れるかってんだよ!」

「こんな物とは失礼しちゃうな。私がそれを買うのにどれだけ苦労をしたと思っているんだい?」

「うそこけ!どうせニヤニヤ顔で買ってたんだろう!」 

「おや、ばれたかい。君に似合うと思ってね、是非とも着てくれたまえ」

「ざっけんなよ!別のもんよこせよ!」

「他に代えはないよ」

「だったらここを開けろ!もう帰る」

「濡れたままの格好で帰ったら風邪を引いてしまうよ。大人しく着替えなさい」

「うっ。で、でも!こんなん着れない!」

「着替えないとここから出してもらえないと思え」

「だったら・・・!」

「お得意の錬金術で別の扉を練成したら、軍法会議に掛けるからそのつもりで」

「えぇ!?そこまで!?」

「エドワード。これはお願いではなく、命令だよ?君の身体の心配をしてあげているんだ。素直に聞きなさい」

「・・・・・・(どうもそれだけじゃないと思うのは俺の気の所為だろうか・・・?)」

「何か言ったかい?」

「・・・・別に(地獄耳か?)」

もうロイに何を言っても無駄だろうと諦めたエドワードはやけになって服を着替えだした。

「あぁ、覗かないから心配しないでくれたまえ」

「覗いたら殴り殺すぞ!」



**TO,BE・・・**





この話は何だか苦労しました。
エロになるよ〜てかロイ変態まっしぐら。最低。この話のロイ最低。初めに言っときますんで。

*2004.12.24
*2006.2.16 訂正