ふと目に映ったショーウィンドゥに飾られた服。


今時の可愛らしいワンピースにバックと靴。


セット品っぽい。


素直に可愛いな、と思った。


でも、ガラス越しに自分の姿が映し出されてしまった。


男の格好をした女。


まるで、お前には似合わないと言うように、ずっと映し出されている。


・・・耐えられなくてその場を離れたくて、でも、



離れられなかった。








***女の子の日 前半***






イーストシティ。

雑然と並ぶ家と人がごった返している中央通り。
活気に満ち溢れ人々が生き生きとし、緑も配置され都会なのに新鮮な空気がする。

「こんなとこ見回りしていてもキリがないっすね〜」

車に寄りかかり職務中だというのに煙草を吸っている金髪の男、ハボック少尉がイーストシティの街中を見ながらぼやいた。

今からその中に混じって見回りをしなければならないことを考えると、ゾッとしてしまう。
いつもの見慣れた風景なのだが、勤務中にきたくない場所の一つである。
軍人らしくない考え方で、犯罪者がその中に紛れ込んでいて軍人である自分たちの背後を刺されたら一溜まりないだろうのごった返しの中を歩くことを考えると気が滅入るってもんだろう。

「しょうがないでしょ。仕事だもの」

さばさばした物言いで、さっさと人ごみの中へ姿を消そうとする美女上官ホークアイ中尉が、ハボックを呆れたように見ながら言った。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

ハボックは慌てて吸っていた煙草を、靴の裏で捻り消し携帯用の煙草入れに捨て、ホークアイの後を追った。

今日の見回りはハボックとホークアイという、あるようで無かった見回り組だ。
ホークアイはいつもロイと一緒に見回る。どっちも不本意だが。
それはロイのお目付け役としても担っているからだ。
ホークアイが目を付けていないと、すぐに見回り中に美女を見つけるとナンパをしたり、職務が嫌で逃げ出したりするのだ。
まぁ、エドワードという可愛らしい恋人(?)ができてからナンパをしている現場は目撃してはいないが。
ナンパをしていたら即刻エドワードに報告をするが、報告してもたいして取り扱ってもらえないことは言わんとした事だ。

そもそもエドワードが上司の恋人になったのかは不明だ。
エドワードがいない今ロイの口からしか真相を知ることは出来ないという、とても信じられない状況だ。

なにわともあれナンパはしていないが、脱走する数が増えた。

ホークアイでないとロイは静まらない。

何故部下に頭が上がらないのかは、話すまでもないことなのだが・・・。

だが、今日は珍しくエドワードが来るという連絡が前もってきた。

それまで上司はサボっていたが、エドワードが来るということが分かると、今までのサボりようが嘘のように弾丸の勢いで書類を片付け始めたのだった。
いつもこのようだったら安心できるのだが・・・。

なので、今日はホークアイが手が空いたのでハボックと見回りを担当したのだ。

ハボックとしては棚からぼた餅だ。
エドワードが来るおかげで大佐が書類にサインをし、真面目に働く大佐には有能なお目付け役のホークアイ中尉はいらない。
ホークアイ中尉は、だったら私は見回りに行きましょう。てことになって、ブレタとだった見回りをわざわざ交代したのだ。

嬉しいことこの上ない。
ハボックはうはうはだった。
何故ハボックが交代ではなくてブレタだったかというと、ブレタが譲ってくれたのだ。
伝わらぬ恋にせめてでもいい想いをしろよ・・・。とした、友人の恋に密かに応援している生温かいがからかい含めている瞳で、いらぬ心遣いおを使っていたのだった。

そんなブレタに愛の抱擁をほどこしてから、上機嫌で車を回したのだった。
それを見ていたホークアイは、「・・・・、男性愛」と、ポツリともらしていることを知らないで。

勘違いされているぞ!!ハボック!!

ホークアイが助手席に座っただけで有頂天のハボックの運転で危なっかしく中央通りに到着したのだ。





ホークアイの隣に追いつき周囲を警戒しながら、怪しい人物・怪しい物・指名手配中の犯人などがないか、目を凝らして探した。
ハボックは人より背が頭一つ分高いので、見渡すのはラクラクだったが、女性の割りには背が高いホークアイでも、この人ごみは視界を遮らさせた。

だが、こんなことはいつものことなので人と人との隙間から油断なく鋭い視線を馳せていた。

鷹の目に止まった人物があった。

金髪のみつあみに原色の赤いコート。
ふわふわ裾を揺らしながら、軽やかに可愛らしく歩いている。
後姿だけだったが、見間違えるはずが無い。

我らが軍部アイドル、鋼の錬金術師エドワード・エルリック。

彼女は人込みの中だというのに人目を引いた。

瞳が引き付けられるように。

ホークアイも例外ではなく、エドワードの姿を見つけ歩みを止めてしまったのだ。
ちょっと前を歩いていたエドワードはピタリと足を止めていて、こっちに気が付かないのかショーウィンドゥに飾られていた可愛らしい女の子の服を見つめていた。

服はエドワードにとっても似合いそうな、春らしくパステルカラーのピンクのゆったりしたワンピース。
白い清潔そうだが、所々に細かい刺繍を施されているカーディガン。
バックと靴はお揃いで付いている。

その服を見つめている顔は、どこか儚げで悔しそうで嬉いを含めていた。
その姿は、この間性別が判明した女の子そのものだった。
表情にどきっと、胸が鳴る。
なぜか、窮屈に。

しばらく見つめた後、くしゃっと顔を顰め何事もなかったかのように前を向いて歩き出した。

「どうしたんっスか?中尉?・・・・あれ?大将?」

立ち止まったホークアイに不思議に思い、自らも歩みを止め中尉が向いている場所へ視線を向けた。
なにか、事件でも見つけたのか!?と一瞬焦って緊張し、銃へと手を伸ばしたが視線の先は、エドワードだった。

ハボックが見たエドワードはもう歩いていて、人込みに紛れそうだった。
どうやらハボックは先ほどのエドワードの姿を見ていないようだ。

「お〜い!!大将!!」

ハボックは人目をはばからずにエドワードを呼んだ。

その声に気付いたエドワードは驚いたように振り向き、ハボックとホークアイの姿を見つけるとさっきの表情とは違い、嬉しそうな顔をして手を振った。
小さい身体で俺はここにいるぞ!!と身体全体で叫んでいるように見える。

エドワードが小走りでハボックとホークアイのところへ来た。

「よっ、久しぶりだな〜元気してたか?」

いつも通りの挨拶をし、エドワードの頭を撫でるハボック。
その表情は遠出に出ていた妹を待っていたお兄ちゃんのようにも見えた。

エドワードも挨拶をし、ホークアイにも挨拶をしようと隣を見た。

ホークアイはさっきのエドワードの姿が離れなかった。
あのような顔をするエドワードを今までに見たことがない。

何とかしてあげたい・・・。

きっと今までも可愛らしく飾られた服をガラス越しに見つめることしか出来なかったに違いない。
自分は男だと言いながらも、実際は女の子で年頃なのだ。
そんな感情を抑えることなんてできっこないのだ。

性別を知ってしまった今、彼女に出来る限りのことをしてあげたいと常々思っていたホークアイは、頭の中である作戦が浮かんだ。

「ホークアイ中尉!久しぶり〜・・・?」

挨拶をしても返事が返ってこない。
ホークアイは腕を組み、目線はエドワードをじっと見つみている。
はたから見ると、軍人の女性が小さな子供を睨んでいる風にも捕らえることができる。

大好きなホークアイに無言で見られることに居たたまれなくなり、助けを求めるようにハボックを見るとハボックも肩をすくめ首を振った。

作戦を思いついたホークアイの行動は迅速だった。

困り果てていたエドワードは、ホークアイに腕を掴まれ人込みを逆流し軍の車の後ろへと押し込んだ。
ハボックは慌てて二人の後を追いかけ、車を出して。という上官命令で、見回りは強制的に終了させられ車は指令部へと向かって走り出した。





ホークアイに連れられて久しぶりに東方司令部へ訪れたエドワードは、休憩室へと無理やり入れられた。
その後すぐに、ちょっと待っててね。とエドワードが何か言葉を発する前に、ホークアイは言ってどこかへ行ってしまった。

最後の言葉以外、ホークアイはずっとしゃべらなかった。
車の中から無言。
何も喋らずに何か考えごとをしているようで、エドワード・ハボックが話しかけても、返事は返ってこなかった。
ハボックは、いつも無口で無表情で無関心の上司だったがエドワードにまでこの態度とはどういったことなのだろう・・・。と本気で汗を掻きながら心配をしていた。
運転をしながら、チラチラ後ろを振り向くのでエドワードは、危ないから前を向いて運転しろ!!と注意を何度もしたのだ。

ホークアイが喋らなかったので、やけにハイテンションで場を盛り上げようとしたエドワードとハボックだったが徒労に終わった。

ホークアイが出てった後、エドワードはポカーンとしながらハボックとソファに並んで座り、一緒にホークアイの帰りを待つのだった。





休憩室を飛び出したホークアイが向かった先は、焔の害虫がいる執務室。
そう、今日はエドワードが来ることでいつもは無能の上司が無能ではなく仕事をしている部屋だ。

うきうきしながら仕事を片っ端から片付けているロイ。
顔がふやけていていつもの女性を惑わすような甘いマスク(死語)が嘘のようだ。

あの後数日過ごした後に急ぐように旅に出てしまったエドワードが帰ってくるのだ。
エドワードは自分の事は”嫌い”とは言わなかったが”好き”とも言わなかった。
嫌われていないのだから、自分の事を好きにさせることが出来るかもしれない!と心からそう信じている駄目大人がここに。
部下たちには勝手に恋人同士だとか言っているが、そのうちそうなるのだから何の語弊も無いだろうと、エドワードの到着を心待ちにしながら今後の予定を脳内に描いている。

そこへ、つかつかつかつかとかなり速く歩いて扉をノックしロイの返事もまたずに、部屋に入ってきた者がいた。

ロイは気分が悪くなり文句を言おうとその者を睨んだが、すぐに顔は青ざめ口元を引きつらせた。

「ちゅ、中尉・・・・;;」

ハボックと行った見回りから帰ってきたのだろうか、ホークアイが笑顔で立っていた。
副官が笑顔を見せることは滅多にない。
ハボックがうまくやったのだろうか・・・?と眉を顰め密かに思う。

同じ部下のハボックはホークアイにほのか(?)な恋心を抱いている。
ホークアイ以外にはハボックの思いは筒抜け。
今日は珍しくホークアイが市内の見回りだったから、浮かれていたはずだ。(何故ホークアイが見回りにいかないのかロイは分かっていない辺りがすでにヘタレだ)

とりあえず、珍しい笑顔を振り撒いている部下に声を掛けるが、さらに男を魅了するような笑顔になって、

「大佐。ご苦労さまです」

「ああ・・・」

ロイの机に近づいてきた。
いくら魅力的な女性でも、こんな女性は嫌だと断固拒否するロイ。
手に新しい書類を持っていないから、何の話だろうとロイは書類にサインをするのをやめてホークアイの行動を見る。

自分は何か悪いことでもしたのだろうか・・・;;

ホークアイに笑顔で接せられることは、多々あったがそれは全てロイがなにかをしでかしたときだ。
今日自分は逃げ出したりサボったりしていないはずだ・・・。たぶん。

ビクビクしながらホークアイの次の言葉を待つ上司なのに部下に頭が上がらないロイ。

「いきなりですが、今日の午後から私に非番をください」

ホークアイから出た言葉はいたって普通の言葉だった。
軍部においては普通ではないのだが、ロイに取っては怒りの言葉でなくて心底良かったと胸をなでおろす言葉だったのだ。

「いいが、何故いきなり?」

怒っていないということが分かり、恐れが消えいつもの自信満々の態度に戻った。

「ちょっと私の知り合いが訪ねてきたので、セントラルを案内してあげたいのです」

「そうか・・・。中尉はこの所休暇も取らずに働き詰だったから存分に羽を伸ばして来るといい」

ロイの機嫌が良かったのと、ほんとうに休暇も取らずにずっと働き詰だったから少しホークアイの体の心配もしていたため許可した。
休暇を取らせようと思っていたが、ホークアイ自ら休暇を申し出てくれたので安心をした。

ほっとしたので、ホークアイの目が不適に笑ったのに気付かなかった・・・。



ホークアイは休暇を取りつけてから、自分の仕事場へ戻り荷物を手早くまとめ、何事かと驚いているブレタ少尉や、ファルマン准尉に仕事の引継ぎとこの後の大佐の予定を教えてから、エドワードを残してきた休憩室へと足早に戻って行った。

残された軍人達は、嵐にあったかのような顔でぽかんとしていた。
ブレタは”ハボックはなにかヘマでもしたのだろうか・・・?”と皆いらぬ心配をしていた。



出て行ったホークアイを待って、エドワードはハボックと一緒にソファに座り旅の話をしていた。

いつもお兄ちゃんのように話を聞いてくれて時々ちゃちゃを入れたり、心配してくれたり、頭を優しく撫でてくれたりと、何故だか心地よくなるのでついついハボックと話をする時はいつも長くなってしまうのだ。
ロイともホークアイとも違う感覚で、エドワードも嬉しいのだ。
それ同様ハボックも可愛い妹のような感覚で話を聞いているのだった。

こんなことがロイに知れれば、ハボックの命はないだろう・・・。

くだらない話をして、遊んでいるとホークアイが凄い勢いで休憩室に飛び込んできた。

「エドワード君、今から出かけるわよ」

有無を言わさぬ笑顔でエドワードを引っ張っていくただならぬ雰囲気を出しているホークアイ。

「えっえっ??」

ホークアイを見て、どうしようとハボックを振りかえって、またホークアイを見て・・・。
良く見ると服も着替え帰り支度をしている。
ハボックは驚きながらもいつもの上司ではないと思い、

「ちょっちょっと、待ってください!どこへ行こうとするんですか?」

おもわず声を掛けてしまった。
ホークアイは、ハボックの存在を今気がついたかのように、振り返り微妙な顔をしたがこの人だったら説明してもいいかしら?ふとそう思ったのだった。
見掛けは軽いが口は硬いほうだろうし、部下の中でも信頼できる一人だ。

「ちょっと買い物に出かけようかと思って、大佐に午後の非番をもらってきたのよ」

その買い物に自分は強制ですか!!?

エドワードは目を見開いてホークアイとハボックのやり取りを眺めた。
口に出さないのは、ホークアイが怖いから・・・。

珍しいホークアイの笑顔を目の前で見て、一瞬見惚れてしまったが気を取り直して、

「大将を連れていくんですか?」

にやけてしまう顔をどうにかおさえて難しい顔をしながら、暗に今日はロイとの約束がエドワードにあるのではないのだろうか?と伝えている。
それに気がついたホークアイは、

「もちろんよ。大佐もエドワード君も喜ばせてあげるのよ」

絶世の笑みでハボックを黙らせエドワードの手を引いて立ち去って行った。

ホークアイの稀に見る笑顔で撃沈させられたハボックは、二人を見送った後しばらく動けなくなっていたがこのことを大佐に報告をしなければ!!そう思い、執務室にむかって全力で走って行った。
このことを黙って見過ごせば、自分にまで被害が及ぶ!!
生命の危機を感じたのだった。





ホークアイに強引に連れていかれた先は、セントラルの中央通りの先ほどエドワードとホークアイ、ハボックと出会った場所だった。

まだ午前中だというのに、人通りは途切れることはなく賑わっていた。
小さな子がが人にぶつからないように、さりげなく自分の後ろへと歩かせる様はまるでロイのようだ。
エドワードのことを気遣ってのことだが、ホークアイはそんなことを知ったらショックを受けてしまうだろう。

どうしてまたここへ繰り出さなくてはならないのだろうか・・・?
疑問に思っても、今だ無言で自分の腕を引く冷徹の美人に声を掛けることは出来なかった。

なにかに燃える瞳をしている。
この瞳の色を自分は知っている・・・。

なにかをやり遂げようとする瞳だ。
瞳はランランに輝きながらも、前を向いて一足先の考えを巡らしている。

その瞳を見て、エドワードは笑顔だが少し口元が引きつった。

大佐の瞳と似ている・・・。

どうしたのだろう。
自分はなにかホークアイにしただろうか?
いつもは優しく自分の帰りを待っていてくれて、楽しそうに旅の話を聞いてくれるのに。
無言で自分を連れまわすことは初めてのことだ。

エドワードも無言になってぐるぐる頭の中で考えを巡らしていたが、いきなりホークアイの足が止まった。
それに気がつかないでホークアイの背中へと頭をぶつけてしまった。

「痛っ;;」

ホークアイはすぐさま振りかえり、

「大丈夫?;;ごめんなさいね・・・」

慌てた様子でエドワードのおでこを撫でた後、にっこりと笑った表情がいつものエドワードに接する顔付きに戻っている。

いつも瞳は優しくて慈悲に溢れているが、時折悲しげな冷たい色もする瞳。
そんな瞳が大好きだ。

もとに戻ったホークアイの顔を見てほっとして、これなら疑問を投げかけても良いだろうと思い、

「中尉、どこへ行くの?」

撫でていた額から手を離して、その手で自分達の右手にある店を指差した。

「ここよ」

輝かしい笑顔が炸裂。

「えっ?」

エドワードは指につられて目線を店へと移した途端に、固まった。
ホークアイが指差された店は、若い女性向の服が売られているブティックだった。

そしてその店は先ほどエドワードが、食い入るように焦がれるように見つめていた店でもあった。
固まったまま動かないエドワードの手を再び引き、店内へホークアイは勇んで入ろうとした。

それに気がついたエドワードは、

「ちょっちょっと、待って!!どうゆうこと!?」

足を踏ん張って店内に入るのを阻止した。

今いち状況が呑み込めない。
どうして自分がこんな女性向の店に入らなくてはならないのだ?
自分は今男の格好をしているのに入るのは可笑しいだろうし、中尉はなんで自分と一緒にこの店に入ろうとするのだろうか?

混乱してぐるぐると変なことまで考え込んでしまった。

えっえっえ??

パニクッてホークアイの顔を情けない表情で見上げてしまったが、ホークアイはにっこりとさっき見た輝かしい笑顔で、

「エドワード君、いえ、エドちゃんの服を買いにきたのよ」

「はっ!?」

行き成りちゃん付けで呼ばれ頬が引きつり、恥ずかしくて一気に頬に血が上った。
それになんで俺の服なんて買いに来る必要があるのだろうか?
しかも、女物の服。

自分には今一番必要ない物の一つだ。

「中尉?俺服なんていらないよ」

少し眉を潜めてキッパリと言い放って、掴まれていた手を少し強引に振り払った。
ホークアイはちょっと悲しそうな顔をして、エドワードの肩を掴んで秀麗な顔を近づけた。
同じ女性でもドキッとするほどの美しさだ。

「今朝、貴女がこのお店の前で店内を見詰めていたのを偶然見かけてしまったのよ」

エドワードはハッと身体を強張らせ、瞳が警戒の色を増した。
見られていたのだ。
あの時に。

この店のディスプレイに飾られていた洋服を見つめていたのが。
自分では何気なく服を見ていただけだと思っていたが、中尉にはそう受け止めなかったらしい。

自分の不注意さに苛立った。
他人から見られていることにも気付かないでよくも男と通しているな、と。

気付かないうちに自分は物欲しそうな瞳で見つめていたのかもしれない。
だから、こうして服を買わせるように連れ出したのだ。

その優しさが痛い。

誰に対してか内心舌打ちをして、視線を咄嗟に逸らしてしまった。

「その時のエドちゃんの表情が忘れられなくて・・・」

「だからってなんでこんなとこに連れて来るだ?」

少し怒った風に問い詰める。
実際怒っている。
誰に対しての怒りか分からないが、ホークアイに対してではないことは絶対だ。

ホークアイはエドワードが怒ることが分かってはいたが、複雑そうな顔を隠しもせずになおも納得させようと必死になった。

「エドちゃん。こうゆう服ほしいでしょ?」

年頃なんだし、少しぐらいは可愛らしい格好をしたいでしょ?と、悲しげに笑顔で聞く。

ぐっと少し言葉に詰まってしまった。

エドワードも腐っても年頃の女の子。
可愛らしい格好はしたいと思う。
したいけど、でも、自分の起こした過去が思い止めさせてしまう。
自分ばっかりこんな良い思いをしてはいけない、アルが不自由な身体・本来の身体ではないのに浮かれてはいけない。
年頃の格好をすると、どうしても気分が浮かれてしまう。
うきうきと、表情も女になってしまうだろう。
浮かれてしまうからこそ、自分の過ちの重さを忘れることができない。

その思いのために、本来は女の子なのに男の格好をすることによって自分の欲望を胸の内に閉じ込めている。
そんなことはホークアイも承知のはずなのに、どうして残酷な言葉をくれるのだろうか?

無意識の内に唇をかみ締めてしまう。

ホークアイとしては男と偽っている前に、女の子なのだから無理はしてほしくない、そう思う心でいっぱいだ。
15歳という年頃なのだ。
可愛い洋服に興味がないわけではないだろう。

甘いものだって。
男の子だと思っていたときも、ケーキを出しただけで跳ねあがって喜んだほど甘い物が好きだった。
跳ねあがるということは、いままで大好物だった物を控えていたことになるのだろう。
女の子らしい甘い物まで食べるのを自らに規制している。
そう思ったら胸がいいようのない感覚で締めつけられた思いがあった。

今までそう思っていたが、今日の朝確信した。

自分の心を押し殺してまで男の格好をすることには反対だった。
旅をするの必要だってことはわかっているが、今でも反対だ。
アルフォンス君には悪いが、エドちゃんはもっと自分に素直になってほしい。
我侭を言っても、弱音も吐いても良い、泣きついてもらいたい。
きっとアルフォンス君だって自分を負い目にして姉が思い詰めている姿なんて見たくないだろう。

それが出来ないのは分かっている。
分かっているからこそ実行してほしいのだ。

矛盾しているがこの思いは止められない。

過去に囚われ続けていたら未来はない。
過去を振りきり未来に向けて着実に足を踏み出さなくてはならない。
時は止まることなく流れていく。
短い今の時間の中、つまらない意地のために貴重な時間を潰してはならない。
若いのは今だけ。
大胆なことが出来るのは今だけ。
我侭をいえるのは今だけ。
どんなに望んだって、いるかも分からない神とやらに祈ったって、過去は戻ってこない。

過去を悔やんだエドちゃんだからこそ、今を悔やんでほしくない。

「たまには女の子らしい格好もしてみましょう?大佐も喜ぶわ」

大佐。という単語が出てエドワードの肩が跳ねた。

ホークアイはエドワードが自分の上司と付き合うことがあまり快く思っていない。
ロイ・マスタングという男は、女好きで仕事をことあるごとにサボって、書類を滞納してばかりか、町に繰り出すとナンパばかり・・・。
考え出すともっとたくさんの欠点は出てくるが、良い所はまったくでてこない。
こんな無能がこんな心の純粋なエドちゃんの心を射止めることが不思議でならないのだ。

エドちゃんが今幸せそうなのだから、黙って見守っていはいるが、それを泣かせるような真似をしたら速攻に二人を引き離す予定だ。
それだけは、いくら上官だろうと実行する。
二人がまだ付き合っていないことを知らないホークアイが、氷で出来た心のさらに奥底の燃え滾る青い焔に誓って決めたことだ。

「でも・・・」

「アルフォンス君も言ってたわ。”姉さんはもっと女の子らしい格好をしてほしい”って」

アルフォンスの名前が出てきたことによってエドワードが顔を思いっきり上げた。
お互いに目が合い、ふっとホークアイの瞳が柔らかくなった。
榛の不思議な色の瞳に吸いこまれそう。

「え?アルがそんなこといってたの・・・?」

「そうよ。アルフォンス君もエドワードちゃんには素直になってほしいって。だから、もっと自分の心に忠実になって?それは許されることなのよ?」

そう、自分の心を忠実に表に出せることは、人間に与えられた特権だ。
自分の欲望を隠さずに生きていけるわけがない。
人間は少なからず欲望を現実に放って生きているのだ。
今更欲望を押さえたところで今までの罪が消えるわけではない。
償われるわけがない。
起こしたことはしょうがないことなのだ。
だったら、自分の思うがままに行動して発言して人生を楽しめば良い。

そんな思いを込めてエドワードを説得する。

ホークアイが自分のために言ってくれることは分かっている。
が、納得できないのだ。
理屈ではない、感情がついていかないのだ。

こんなんではダメだと思ってはいる。

でも、自分の感情をまだコントロールできないことに腹が立つ。

自分はいつになったら素直になれるのだろう?





暫くお互い無言で店の前の道で突っ立っていた。
邪魔にならないように隅には移動していたが、通り行く人には怪訝な目で見られた。
が、そんなことは関係ない。

話し込んでいてもう昼近くになっていたので、ごった返していた人の渦は御飯を食べるために店の中へと消えている。

日差しが強くなってきた。
そろそろ店内に入りたいが、エドワードが了承しなければ入れないし、ここまできた意味がない。

「・・・・。可愛い格好をしたい」

消え入るような声でぽつりと言葉を発した。
エドワードが考えに考え出した答え。

だが、視線を周囲へと巡らせていたホークアイの耳にはしっかりと届いた。

俯いていて表情は分からなかったが、きっと苦い顔をしているのだろう。
苦い顔をしていてさらに眉を潜めて、唇をかみ締めているのだろう。

可愛い顔が台無しだろうな、そう思いながらその言葉を聞いて、さらに笑みを深めた。
ホークアイは一度エドワードの身体を抱きしめて、腕を三度引き店内へと入っていった。



その様子を遠くから二つの影が建物の影から見つめていた。





  **TO,BE・・・**



リザエド子?いやいやいや、ロイ→エド子!!(それもな〜)
部下に嘘を付くロイさんってどうよ。なんだかみじめっぽ〜;;このお話は管理人が好きなお話です☆(だからどうした)

*2005.6.13