***暗いお昼寝。***



ポカポカ陽気のお昼をちょっと過ぎた頃。
東方司令部で軍人達はこの陽気を楽しみながら、眠たくなるのを苦痛に耐えながら仕事をしている。

「ああ〜、疲れた」
「今日はまだなにもなかったから、余計にそう感じるんでしょうね」
数人の軍人達が座りっぱなしで硬くなった体を少し休めようと、ハボック、ホークアイ、ブレタ、ファルマン、フュリーの五が人休憩室に喋りながら入ってきた。
始めの言葉は、ハボックが言い、それに答えたのがフュリ―だ。

と、休憩室に先客がいることに気付いたがそれはよく見知った人物だった。

「あ、こんにちは、みなさん。お仕事おつかれさまです」

まだ声変わりしていない少年の愛らし声が弾みながら厳鎧から聞こえてきた。
初めて聞く者は鎧の姿と愛らしい声に驚くがれっきとした子供で、エルリック兄弟の片割れ弟のアルフォンスだ。

兄とは似ても似つかない穏やかで争いごとを嫌う心優しき少年だ。
エドワードもそうなのだが、いかんせん勘違いされやすい。
手には本が開かれていて、どうやら読書中だったらしい。

エルリック兄弟は1週間前ぐらいに、東方司令部にやってきた。
いつもなら、2・3ヶ月は飛びまわって、危ない事件に首を突っ込んだり巻き込まれたりしているのだが、今回は1ヶ月ぐらいで戻ってきた。
急用な用事や視察などは無いし、情報も資料も新しいものは入っていない。
ちょっと疑問に思ったが、いつもより早く帰ってきて嬉しい思いの方が大きかった。
いつも新聞や軍の情報で、あの兄弟がどんなことをしているか分かってしまうので心配で心配でたまらないのだ。
まだ13歳なのに・・。
大人としては、もっと子供らしく大人にたよってほしいのに、この兄弟は頼ってくれない。
そこがこの兄弟の良いところだが、ちょっと寂しくもあった。
だから、戻ってきたら可愛がってやろうと心に決めているのだ。


アルフォンスがこんなとこにいるのは、珍しいことだった。
一般人だから司令部なんかにあまり来ないし、いつも図書館か資料室にいるからなんだか奇妙な感じがした。
しかも、一人だ。
軍の施設の中で、軍人でもないのに居ることをアルフォンスは好まないのを、ここにいる軍人達はよく知っている。
たとえ国家資格を持っている兄と一緒でも、どこか遠慮をしてしまう弟なのだ。
兄はどこに行ってしまったのだろうか?と、軍人達はそろって首をかしげながらアルフォンスを見た。
アルフォンスは笑ったような雰囲気を出しながら、自分の座っているソファの前を示した。

アルフォンスが座っているのは長続きの椅子だ。
それは扉から一番離れていて、窓側に面していて扉を正面にして座っているから、ハボック達が入ってきてもすぐに目に入る場所だ。
その手前の長続きの椅子を皆で興味心身で覗き込んだ。


そこにいたのは、兄のエドワードだった。
口を開けば生意気なことをばかりいっている口は綺麗に閉じていて、意志の強い黄金色の瞳はまぶたで閉じられている。
起きている時とは正反対のような顔つきで、体は長椅子に横になりちょっと九の字になって、コンパクトに収まりすやすや寝息を立てて寝ている。

「・・・。エドワード君、寝ている時は天使みたいな表情よね」
「そうっスね・・。いつもこうならまだ可愛げがあると思うんですが・・」

軍人達は思い思いの感想の述べ、エドワードの髪をなでたり叩いたりしながら、自分たちも休憩に入った。
撫でられたり叩かれたエドワードはちょっと不機嫌そうな顔つきになったが、よほど疲れていたのか気配を察知しないですぐにまた深い眠りについた。
そんな様子を見ながら、良い物を見たな〜。と顔を和らげて、軍人たちは感想を話し合った。

せっかく司令部にきているが寝ているからエドワードを構えないので、大人同士でつまらなそうにトランプをやったりするか、新聞を読んだりするしかない。

早く子供が起きないかな・・・と、ちらちらエドワードを見ているが、起きないでゆっくり休息をとって・・・と、思う心が二つあった。
構ってやる、というか、大人達が構ってほしいように見うけられる・・・。

一番下っ端のフュリ―が皆にコーヒーを入れて配り回った。
もちろんアルフォンスの分も用意をして。



思い思いに休憩をしていると仕事が終わったのか、サボりに来たのか分からないロイが現れた。

「おっ、アルフォンス君」

アルフォンスに気付いて笑顔で片手を挙げて挨拶をするロイに、アルフォンスも気がついてロイに丁寧な挨拶を返した。
部下達も頭を下げたり、手を上げたり、声にだして挨拶をしている。

本来なら、佐官以上の者が部屋に現れたら佐官以下の軍人達は、立ち上がり敬礼をしなけらばなら無いのだ。
だが、ロイはそんなめんどくさい動作を止めにさせた。
いちいち立ち上がり敬礼をしていては時間の無駄といって、ロイがここに来てすぐさま止めさせた動作の一つだ。
そんなことをしている暇があるなら、もっと別のことに体を動かせ。とのことらしい。
もっともらしい事に特に不満もなくあっさりと東方司令部内に浸透していった。
さすがにロイ以外はやらないでいる。
それ以外にやらないでいたら上官侮辱扱いになり、ひどい時には軍法会議に出されてしまう恐れがあるからだ。


だが、”時間の無駄”と今のロイが言ったら部下達にボコボコにされるであろう言葉だ。
無駄な時間。
ロイはよく職務を抜け出し町に繰り出すと、必然的に未決算書類が溜まっていく・・。
そっちのほうがよほど無駄の時間のような気がするのは気のせいでは無いだろう。
昔のロイだからこそ、聞いたのだ。


「鋼のはいないのかな?」
密かな想い人のエドワードがいないことにいち早く気付き、アルフォンスに近づきながら尋ねる。
休憩室にいた皆がドアに背を向けている長椅子を指差した。

そこにいるのか。とロイは足早に長椅子に向かって歩き出した。
エドワードは小さいが、背もたれよりも小さかったっけ?と、エドワードが聞いたら怒り狂いそうな失礼なことを思った。
周りから、

「エドワード君は寝ているのですから、起こさない様にしてくださいね」

ホークアイはロイが可愛いエドワードを見て、ちょっかいを出して起こさないようにあらかじめ釘をさしといた。

「そうそう。天使みたいに可愛い寝顔ですからね」

俺達ももっと見たいし、とハボックは煙草を口の端のくわえながらロイを仰いだ。
どうやら、寝ているらしい。しかも至極可愛らしい寝顔で。
自然に口が上がり気味になる。

「ほう・・。それはぜひ見てみないとな」

口調が楽しげで、顔もどことなくニヤニヤしていてとてもだらしがない。
ホークアイはそれを見て困った顔をし、溜め息を吐いた。
だがロイは、そんなに愛らしい笑顔が部下達に見られてしまったのが悔しかった。
自分さえまだ見たことがないのに・・・。先を越されてしまったという大人気ない気持ちと変態的気持ちがあった。

さて、どのような寝顔だろう。と、意気込んで覗きこんでみたが、


「・・・。これのどこが天使みたいな寝顔だ?」


ロイがちょっと不満そうな顔で言った。
驚いたのは、アルフォンスを含めロイを抜かした6人だ。
ロイを押しのける勢いでエドワードの寝顔を覗き込みにきた軍人達は、ロイのいったことに偽りがないことを知った。

エドワードは脂汗を浮かばせながら、顔を歪めていた。
眉には皺がより、小さな体をもっと小さく丸めていた。

目の前にいるアルフォンスは読書していたから当然に視線は下に向いていたから、エドワードの異変に気付かなかった。
押しのけられたロイも不満な顔をしていたが、エドワードの側に回りこみ汗で貼りついている前髪を左右に分けてやった。

「どうして、こんな顔をしているのだ?夢見が悪いのか?」

柔らかく、だが、心配した顔と声色でロイはエドワードの髪を撫でた。






------母さん!


------なぁに?エド。


------母さん!

   見て見て!ほら!かわいいぬいぐるみができたよ!母さんにあげるよ。


------まぁ。ありがとう。エドは本当に錬金術が得意なのね。

   母さん鼻が高いわ。


------えへへへ〜。


ああ、これは夢だ。

まだ母さんが生きていて、俺達も小さく何も知らなかったときだ。


母さんが元気で病気なんかしてなくて楽しく暮らしていた時・・・。


------エド、アル。


母さんが微笑んでくれている・・・。

俺の名前を呼んでくれている。

もう二度と会えない母さん。

夢でも会えないと思っていたけど、会えて嬉しい・・・・。


あぁ、アルフォンスにも見せてやりたいな。


母さん・・・。


画面は暖かなリゼンブールの自分の家ではなく、真っ黒な世界へと突然切り替わった。


------そう、あなたは練成が得意だったのに、どうして母さんをちゃんと生き返られてくれなかったの?


優しい笑顔で目の前に立っていた母親の身体から、ぼとぼとと血がとめどめもなく流れ出て身体が崩れ去り、何時か自分たちが作り上げてしまった物体が目の前に転がっていた。

エドの顔に、服に、身体に、母親だった物の血が振りかかる。

笑顔だったエドワードの顔が凍りついた。

凍り付いて身体が動けないが、母親だった物がずりずり這って近づいてくる。

恐怖を感じて逃げ出そうとしたが、


------兄さん。僕の身体、返してよ・・・。


ぎぎぎ、とロボットのような動作で振り向くと、弟のアルフォンスがすぐ後ろにいた。

あっちに持っていかれが時の姿のまま、禁忌を侵しと時の姿のままこっちをじっと見つめてきている。

その表情は、憎しみに満ちている。

エドワードの心の中は罪の意識でいっぱいになり、頭がガンガン鳴り気持ちが悪くなって立っているのもしんどくなった。

他のことは考えられないくらいに。

二人に詰め寄られ、じりじりと後退していく。

息遣い荒く這いずって来る母親と生身の身体でゆっくり歩いてくるアルフォンスは、じりじりと後ずさっているエドワードに腕を伸ばす。

周りは真っ暗。

全てを呑み込んで一生離さない漆黒。


------!!!

助けを呼んでも誰も助けてくれない。

それどころか、自分の声など周りには届いていない。

自分は世界に、神に、見捨てられたかのように自分の声が何もない空間に木霊する。

急激に迫り来る恐怖ではなく、じりじりと自分の罪を見せつけながら迫り来る恐怖。

心臓がバクバク波打ち、血液が逆流し、自然と酸素をたくさん取り入れようと息が荒くなり、歯がガチガチ噛み合い、脂汗が後から後から後から噴出してくる。

これ以上後ろに下がってしまったらもう戻って来れないような感覚に落とし込められそうになった。

戻れないってどこに戻れなくなるかは分からないが、頭の中で何かが告げていた。

早く逃げろと。

ココから離れろと。

でも、どこへ?

二人が両手をエドの首に回してきた・・・。



限界はとうに超えていた。




「ぅわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ・・・。」





絶叫を上げた。





「母さん!アル!!」



目を見開き、涙を溜めながら上半身を勢いよくおこした。

叫び声は現実の世界にも響いていて、心配して起こそうかどうしようか考えていたアルフォンス達は、いきなり叫び出し飛び起きたエドワードに驚いた目を向けた。

エドワードは肩で荒い息をして、額に掻いた汗を生身の左手でふいている。
まだ周りにいる弟や軍人達には気付いていないようだ。

「くっ・・・」

夢だと分かっていてもこの恐怖感はぬぐえない。
いや、夢だからこそぬぐえないのかもしれない。
自分かこんな女々しいのか・・・、と改めて実感して顔をさらにくしゃめてしまうエドワード。

「に、兄さん・・・?」

そう呼ばれ、慌てて振り向くとそこには弟と軍の大人達。
驚いた顔と心配した顔が、入り混じった顔をしている。
みんな近くにいるからきっと自分がうなされていたから心配してくれたんだろうなとぼんやり考えていたが、今のを見られてしまったことを、急速に恥ずかしく思い、涙を乱暴にふき一番近くにいたロイに、

「あ、あの。これ報告書だから・・」

足元の鞄から急いで報告書を取り出し、ロイに投げつけるようにして渡した。

「お、おい、鋼の・・・」

ちらばる報告書を拾い集めながらロイはエドワードの銘を呼ぶが、鞄を持ち脱兎のごとく長椅子から扉へと移動。
そして、出ていってしまった。

・・・・・・。

室内に沈黙が下りる。


はっ!と気付いたアルフォンスは、ロイ達に挨拶をしていく暇もなく慌てて兄の後を追った。

エドワードがいまだに、母親のことが深く根付いているのだろうか。
それは当たり前のことなのだが、そんなことはおくびにも出さないからすっかり忘れていた。

まだ13歳の少年だとあらためて強く感じ、言い様のない思いが6人を支配したのだった。

二人の後を追うことはできずに、ただ、二人が出ていった扉を見つめているしか自分たちには出来なかった。



エドワードはだんだんと速度を落としていて、ついに廊下の真中で止まった。
アルフォンスがようやっと追いつき、エドワードを見つける間に考えていた言葉を言った。
どんな夢を見ていて、どんなことを思っているのか顔色や叫び声を聞いて少しだけわかる。
アルフォンスは夢を見なくなって二年ぐらい立つから、とうに夢なんて物のことを忘れていた。
時々夢を見られることの出来るエドワードのことが羨ましくもあり、憎くもあった。
でも、夢は真実を教えてくれる時もあるし、幻想を見せる時もある。
たぶん、兄さんが見た夢は・・・


「僕はここにいるよ?」




**END**

これはなに?
またも軍人→エドですか。いい加減にしろって自分でも思いますよ・・・;;
エドはまだまだ悪夢に取り纏われてますって感じです。


*2005.5.12